[今週の一言] 5月16日号


■オバマ大統領は広島市民に謝罪しなくていいのか■
原爆投下した米国には道義的責任がある

 オバマ米大統領は三重県志摩市で開かれる主要先進国首脳会議(G7)に出席した後、27日、米国の現職大統領として初めて原爆被災地の広島市を訪問する。このことについては政府だけでなく、広島、長崎の被爆者を含む多くの国民から歓迎の声が挙がっている。しかし、2発の原爆を投下し、20数万人もの市民を殺戮した米国の大統領を無条件で歓迎するのは理に合わないのではないか。

 第2次大戦中、日本がどんな戦争犯罪的な行為を犯したとしても、核兵器を初めて使用した米国には道義的責任がある。このことはオバマ大統領も2009年4月5日、チェコの首都、プラハのフラッチャニ広場で行った「核兵器のない世界」を追求する決意を表明した演説で認めている。したがって、オバマ大統領は広島訪問の際も、公の場で市民に対して謝罪すべきである。

 米国での世論調査によると、今日でも米国民の半数以上が「原爆投下が第2次大戦を早期に終わらせ、多くの米国人の命を救った」という見方を支持している。このため、現職の大統領が謝罪するということになると、米国内の反対が強まってオバマ大統領の広島訪問が不可能になるとホワイトハウスは判断したといわれる。

 米側の事情が理解できないわけではない。しかし、それがあるから、米国が道義的責任を負わなくて済むとか、広島・長崎の市民に謝罪しなくてもいいという理屈は通らない。米国の現職大統領の広島訪問は広島・長崎の悲劇を世界に広く知らしめるのに役立つだろうが、核兵器使用の非人道性をを不問に処することになったら、日本人にとっても、世界にとっても、オバマ大統領の広島訪問は何のためか分からなくなってしまう。

 日本国民として懸念するのは、オバマ大統領の広島訪問に対する安倍政権の態度である。訪問を専ら歓迎し、日米同盟の強化に役立てようとさえしている。もちろん、日米同盟の強化を否定する必要はない。しかし、それは、本来なら、米国が原爆投下の道義的責任を公に認め、広島・長崎の市民に謝罪した場合に表明すべきである。もし、米国が謝罪の条件として日本の現職首相の真珠湾訪問と、奇襲に対する謝罪を要求するなら、応ずればいいであろう。

 オバ大統領が2009年4月に行ったプラハ演説は、当時、非常に高く評価され、同10月、ノーベル平和賞を受賞した。オバマ大統領は、残念ながら、広島では市民を前にした演説を行わず、所感表明に止める予定のようだが、少なくともチェコ演説を超えるような決意表明をしてほしい。

    具体的には、核兵器使用が人道に反することを認めるとともに、@ロシアなどとの核兵器削減交渉の加速A核実験禁止条約(CTBT)の早期批准への努力B核保有国で使用される核物質を検証可能にする新条約を目指す、ことである。できらば、さらに、C核兵器を先制使用しないことを約束する新条約を加えることが望ましい。

、  オバマ政権はノーベル賞受賞後も核廃絶に向けての具体的処置をほとんどとっておらず、世界を失望させてきた。退任が8か月後に迫っているオバマ大統領にとって、いま、この分野でできることは核廃絶への決意を改めて表明することくらいではないだろうか。                  (早房長治)