2010年11月号@


北朝鮮報告・2010


   私は9月25日から10月2日までの足掛け8日間、朝鮮問題ジャーナリスト懇話会の取材団(新聞社・通信社のOBを中心に8人で構成)の一員として北朝鮮を訪れた。私は2004年8月から9月にかけて同国を訪れているから、視察は6年ぶり2回目ということになる。

 今日の北朝鮮は、改革・開放政策以前の中国と同様に、北朝鮮側が見せていい、見せたいと思うものと場所しか外国メデイアに公開しないし、取材に応じる人は極めて限定されている。したがって、北朝鮮に8日間滞在しても、見聞したことがどこまで正しいか確信が持てない。しかし、「百聞は一見に如かず」ということもあるので、私の経験を読者の皆さんが北朝鮮問題を考える際の参考資料として供することにした。

 ピョンヤン市民の生活水準は向上している?

 最近の韓国などからの情報では、北朝鮮国民の生活は北部での水害被害もあり、いっそう悪化しているとされる。ところが、少なくとも首都・ピョンヤンの市民に関する限り、生活水準が6年前より向上していることは明らかである。

 生鮮野菜、果物や肉などを売る大小の食料品店、コンビニ風の店、靴屋、美容室、理容室など、市民が自由に商品やサービスを買える店舗が6年前に比べて非常に増えた。アイスクリーム、焼きイモ、子ども用玩具を売る屋台もそこここの街角や公園に数多く出店している。レストランも増えている。イタリア料理など西洋料理店ある。主な客が外国人であることはいうまでもないが、市民も食事を愉しんでいる。どういう種類の人々であろうか。

 服装にも変化が見られる。男性は大部分が国民服風のものを着ているが、女性の服装は著しく多様化した。カラフルとまではいえないが、伝統服のチョゴリのほか、スーツ(スカート、パンツルック)姿や、さまざまなワンピースを着る若い女性も多くなった。

 住宅の内部を見ることはできなかったが、6年前と比較して、新しいモダンなアパート・ビルが多くなった。6年前は都心部にも老朽化した低層アパートがかなりあったが、ここ1,2年の間にハイライズに建て直されたのであろう。市民の住生活を改善しようとする政府の政策によるのだろうが、この資金がどのように生み出されたかは分からない。

 ピョンヤン市内の交通はわずかな地下鉄路線のほかは、バス、トロリーバスと路面電車によって担われている。路面電車には旧型車両が散見されるが、バスとトロリーは「東京並み」といっていいくらい整備された車両を使用している。

 幹線道路は片側3車線以上あり、広い。その割には通過する車は極めて少なく、信号、交通警官とも不要と思えるほど閑散としている。中国の都市に比べて、自転車の少なさが目立つ。通行人の80%近くが歩いている。ピョンヤン市民は通勤のため片道30分歩くことなど当然と考えているようである。

 市民にとっては最も重要な食生活の現状はうかがい知ることはできなかった。しかし、食料事情が6年前より改善されていることは確かではないだろうか。前回の訪問時は、外国人といえども、高級な肉などを口にする機会は多くなかった。だが、今回はレストランやホテルでは、カネさえ出せば高級料理も簡単に愉しめるようであった。もちろん、食生活が改善されたといっても、庶民が毎日、白米の主食と豊かな副食を腹いっぱい食べる状態には至っていないことも事実であろう。このことは政府幹部も間接的に認めていた。

 私にとっての大きな驚きは農家の改善であった。どこの国のどの地域でも、農家を見れば、その地域の農業がどの程度成功しているかをうかがい知ることができる。6年前には、古く、修理が行き届いていない農家が多かったと記憶している。しかし、今回は最近数年間に新築したと思われる農家が50戸、100個単位でかなり多くの場所で見られた。これも政府のテコ入れ政策に基づくものであろうが、この資金もどのように調達しているのだろうか。

 私たちが視察できたのは、農村部といっても、ピョンヤン市中心部から約60キロの範囲である。首都周辺の農村だけが整備されたのか、全国的に農家の改善計画が進行しているのかは分からない。

 異聞に属するが、付けまつ毛をしていた若い女性をかなり見かけた。ウェイトレスのような職業の女性が多いが、地下鉄などで通勤している女性も付けていた。社会に多少とも、おしゃれをする余裕が生まれていることをうかがわせた。

 一般に、子どもの元気な社会は健全な社会といわれる。少なくともピョンヤンの公園などで遊んだり、広場などでマスゲームの練習に励む子どもたちは顔色も良く、健康に見える。

 戦前の日本に酷似した社会

 6年前に初めて訪朝した時、「社会の雰囲気が戦前に日本と酷似しているな」と強く感じた。約10年前に逝去した建国の父・金日成は神格化され、トップリーダーの地位を事実上、世襲した金正日に対する批判もいっさい許されない社会ができ上っていたからである。公的な建物、家庭を問わず、主な部屋には金日成、金正日親子の写真が戦前の日本における「御真影」(神格化された天皇・皇后の写真)のように飾られていた。

 今回、金正日の3男・金正恩がトップリーダー後継者としてデビューを果たした9月28日に開かれた朝鮮労働党代表者会の翌朝、同党機関紙・労働新聞第1面には金正恩の大きな顔写真が掲げられた。顔、服装とも、若い頃の金日成と生き写しであった。その新聞を同党幹部が私たち取材団メンバー一人ひとりに渡す際、「この新聞を2つに折らないで下さい。床の上に置いたり、足で踏むようなことは絶対にやめて下さい」と強い調子で申し渡した。この言葉は、私が子供の頃、小学校の教師や母が繰り返した命令とそっくりであった。

 今日、国連に加盟している共産主義国はたった4カ国、中国、ベトナム、キューバと北朝鮮である。そのうち、親、子、孫と世襲が3代、明確に行われたのは北朝鮮だけである。その原因については、「儒教の影響がアジアでも最も色濃く残っている国であるからだ」「金日成、金正日、金正恩と、国家指導者として卓越した資質を備えた人材が、たまたま1つのファミリーから出た」「国外情報が極度に遮断されている独裁国家なので、国家システムの特異性について国民がまったく認識していないためである」など諸説が北朝鮮の内外にある。

 日本国内では、「共産主義国なのに、なぜ北朝鮮だけはトップリーダーが世襲によって決まるのか」とか「金正日の後継者は長男や次男ではなく、なぜ三男の正恩なのか」ということに、テレビや週刊誌だけでなく、主要新聞までが異常といえるほどの関心を示す。しかも、番組や記事のほとんどは興味本位である。

 北朝鮮政府や国民の多くはこのような日本のマスコミの行動を「迷惑」を通り越して「失礼」と感じている。それは戦前の日本人が外国メデイアによって天皇制について中傷ないし揶揄された場合、どのように感じたかを考えてみれば分かるだろう。北朝鮮の政府や国民にとって、金ファミリーに関することは正義か不正義かという次元の問題ではなく、宗教や信仰に近い次元の問題なのである。

 日本を含む西側のメデイアが北朝鮮における人権問題を批判するのは当然である。しかし、政治体制について批判記事を書くことにどれだけの建設的意義があるのだろうか。それぞれの国の政治体制はそれぞれの国民が決めることである。ある国の政体が王制であるのがいいか、民主制がいいか、共産主義に基づくのが望ましいか、その国の国民が選択すべきことである。他国民による批判や介入が是とされるのは、その国の政体や政治が他国民に深刻な悪影響を与えた場合だけである。

 拉致や核・ミサイルの問題について、日本の政治家やマスコミが北朝鮮を批判するのにはそれなりの理由がある。だが、政治体制や金ファミリーについての批判は筋違いである。基本的に批判する資格もない。そのことを日本人は自覚し、礼節を重んじた行動を取るべきであろう。 

 一部の日本人は北朝鮮の行動だけでなく、政治体制も「悪」であると考え、それを批判することによって北朝鮮を国際的に孤立させ、また、国内的に国民を金ファミリーから離反させることによって、北朝鮮を破綻させようとしているのかもしれない。しかし、現体制を、国民を離反させることによって倒すことはほとんど不可能ではないだろうか。それは、第2次大戦前、日本の軍部に操られた天皇制を米国、英国、中国、オランダをはじめとする、いかなる国も倒せなかったことを思い出してみれば、容易に理解できることであろう。

 北朝鮮のような核兵器を持つ独裁国が隣国として存在することは、日本国民にとって極めて厄介な問題である。しかし、この事実は、日本による朝鮮半島の植民地化や、朝鮮戦争後、半世紀以上にわたる米国を中心とし、日本も加坦して西側陣営が行った北朝鮮に対する孤立化政策を含む「歴史の遺産」といえる。日本人はまず現状を受け入れ、かつての日本と酷似した国の改造をどのように手助けし、どう建設的関係を築いていくか、真剣に考え、実行していくほかないのではないだろうか。

 対日感情は歴史的にも最悪

 取材団との会見に応じた政府高官が、私どもが質問もしないのにこう語った。

 「日本は中国からレアアースを売ってもらえず、困っていますね。北朝鮮にはレアアースが豊富にありますから売ってあげたいと思いますが、残念ながら、今日のような両国関係では無理です。北朝鮮国民の対日感情は歴史的に考えても最悪です。日本は世界中で最も信頼できない国、米国より信用できない国と、国民は考えています。いま、レアアースを日本に輸出したら、国民が激怒しますよ。もっとも、日本は北朝鮮からの輸入をほぼ全面的に禁止していますから、レアアースの輸出はありえませんけれどね」

 対日関係を担当している他の政府高官の発言はもっと厳しかった。

 「日本は北朝鮮に対して歴史的清算もせず、今日も不誠実な態度を取り続けています。これは裏切りに等しい。日本は世界で最も信用できない国です。政府だけでなく、日本のマスコミも信用できない。真実でないことを書き募るからです。とりわけ、北朝鮮を一度も訪問したことがないジャーナリストが何でも知っているような態度で我が国を批判するのは許せない。われわれにいわせれば、日本のマスコミは言論の名に値しない」

 この高官によれば、私ども、朝鮮問題ジャーナリスト懇話会への入国ピザの発行が大幅に遅れたのは国内に「いま、何のために日本のマスコミを入国させるのか。何のプラスもないではないか」という強い反対があったからだという。当初は外務省を含む関係各省から取材団との会見を拒否する動きが続出したともいう。「今回の取材団のメンバーは全員、新聞社、通信社、テレビ局に所属する現役ジャーナリストではなく、北朝鮮に多少とも好意を持つジャーナリストOBによって個人の資格で構成された取材団ということで、受け入れが認められたのです」。この高官は最後にこう説明した。

 このような「日本人への怒り」ともいうべき、北朝鮮国民の日本に対する強烈な悪感情は、2002年9月、小泉純一郎首相が訪朝して以降起きた拉致問題をめぐる両国間の行き違いによって醸し出されたものであることはいうまでもない。この問題についての両国間交渉に詳しい高官は北朝鮮側の見解を次のように説明する。

 「1回目の小泉訪朝はわれわれの大幅譲歩によって実現した。北朝鮮は拉致を認め、5人の日本人を帰国させました。拉致問題が過去も現在も世界中にあることは明らかです。しかし、いかなる国家も拉致したことを公式には認めた例はない。しかし、北朝鮮はまったくの例外として日本に対して認めたのです。しかも、金正日・国防委員長が自ら認めた重みは国内的にも対外的にもいかに大きいかを考えて下さい」
 「両首脳間で締結したピョンヤン宣言の通り両国の関係改善が進むとは、われわれは考えていませんでした。拉致問題についても同じです。一時帰国の約束だった5人を日本政府が北朝鮮に返さないことも予想の範囲内でした。しかし、日本国内で拉致問題の嵐が起こると、小泉内閣がまったく動かなくなってしまったのには驚いた。北朝鮮はピョンヤン宣言と異なることが起きた場合にどう対応するかの戦略を持っていました。だが、小泉内閣は戦略を何ら持っていないことがその後の拉致問題への対応で明らかになったのです。これには本当に驚きました」
 「拉致問題を打開するためには、両国とも新しい行動を取らなければならないでしょう。しかし、われわれは何の戦略も持たない日本政府と交渉しても意味がないと考えています。民主党政権が発足して、新しい進展を期待しましたが、実際には自民党政権当時と変化はない。両国関係はむしろ悪化しているともいえる。菅直人首相の日韓併合100周年謝罪談話にしても、李明博・韓国大統領にすり寄る一方で北朝鮮を完全に無視した、卑しいものです」

 政府高官たちの発言からも分かるように、今日、北朝鮮には拉致問題を含む日朝関係を短期間のうちに改善しようという意向はまったくないように見える。安保問題専門家は「植民地支配の歴史的清算をせず、朝鮮戦争以来、わが国への敵視政策を続けるだけでなく、独自の外交政策を持たず、対米追随に終始してきた日本は、6者協議に参加する資格はない」とまでいい切る。

 このような発言から類推できるのは、北朝鮮が「核問題を中心とする米国との交渉が進展し、追い込まれた日本が直接対話を求めてくるまでは日本と交渉しても意味がない」という明確な判断を下していることだ。この類推が正しいとすれば、日本側がさまざまな術策を尽くしても拉致問題を解決する手立てはないに等しいといわざるをえない。

 とはいえ、北朝鮮が日本に対して何らかの形で譲歩の姿勢を示す可能性が皆無というわけではなさそうである。2002年に北朝鮮が拉致を認めてまで日本との国交回復を目指したのは、やはり日本からの巨額の経済援助を期待したからであろう。上に述べたように、現在はそのような期待は現実的ではないと割り切っているであろうが、経済援助を必要とする事情は変わっていない。いや、必要性は以前より強まっているといえる。

 北朝鮮経済が中国からの石油、食料、原料炭などの援助なしに成り立たないことは、誰の目にも明らかである。北朝鮮はその代償を支払っている。その中には北朝鮮国民の尊厳を傷つけているものもある。たとえば、北朝鮮はレアアースを含む多くの鉱物資源に恵まれているが、中国は石油、食料などの援助の代償として、鉱物資源の採掘権を安く中国企業に与えるように要求し、一部はすでに実現しているという。これに対して、北朝鮮側は「中国に搾取されている。これ以上、中国の援助に頼るべきではない」という気持ちを抱くに至っている。

 中国への過剰な依存を解消するには、中国以外の国から援助を得て、バランスを取る以外にない。したがって、中国の援助に対する代償要求が厳しくなればなるほど、北朝鮮の日本や米国からの援助に対する期待は大きくなる。北朝鮮は現在、ロシアとの経済関係改善にも努力しているようだ。日本が日朝双方の面子が立つような形で経済援助を供与する方法を考えることができれば、日朝関係は劇的に改善する可能性もあると思われる。

 経済強国めざし 独自の道

 今日、ピョンヤン市内のあらゆるところに「2012年までに強盛大国を実現しよう」という趣旨のスローガンが掲げられている。国営テレビも頻繁にこのスローガンを流している。2012年とは神格化されている建国の父、金日成の生誕100周年の記念すべき年である。その年までに北朝鮮を、国父の遺訓に従って、「国民が腹いっぱい食物を摂れるような豊かな国」にしようというのが政府の最大の目標ある。

 社会科学院の経済関係者によると、北朝鮮は強盛大国になるための2つの要素を満たしているが、3つ目の要素が十分でないという。彼の取材団への説明の要旨は下記の通りである。

 「北朝鮮が政治大国であることはいうまでもないことだ。核兵器を保有しているから軍事大国であることも明らかである。わが国に欠けているのは、まだ経済大国になっていないという点だ。しかし、われわれは2012年までに必ず経済大国を実現することができる。過去10年間に電力、石炭、鉄鋼、鉄道の4つの飛躍の基盤を整備し終わったからである」
「経済大国を目指す当面の目標は@軽工業と農業を中心に生産を急速に伸ばし、国内総生産(GDP)の過去の最高水準(1980年度)を突破するA経済発展は中国のように改革開放の手法ではなく、自立性を高めるチュチェ化によって実現する。また、工業、農業とも労働集約型から技術集約型に変えるB人民の生活を改善する。とりわけ、食生活の改善、軽工業による日用品の質・量の豊富化、住宅環境の高度化に全力を注ぐ、の3つである」

 軽工業は自力開発したコンピューター・ナンバーリング・コントロール(CNC)技術で工場の近代化を図ることによって生産品目を大幅に増やすとともに、今年の生産量は9月末までに昨年通年の生産量を20%上回った。農業では種子改良による単位面積当たりの増産に力を注ぎ、すでに稲は1ヘクタール当たり10トン、ジャガイモ(ラヤ種)は同40〜80トンの増産を達成した。また、石炭を原料とする尿素の国産化技術を完成したという。

 他の分野における技術の自主開発(チュチェ化)の成功をも強調している。コークスを使わない製鉄、繊維原料のほか420種もの化学原料になるというピナロンの量産化、CNCによる9軸工作機械の開発などである。

 北朝鮮経済の最大の弱点といわれてきた電力については、水力発電を中心に開発を進めたことによって、今日は一応、需要を満たしている、と社会科学院の関係者は説明した。現在の総発電量は700万キロワットで、水力と火力が6対4という数字を示した。さらに水力による100万キロワットの発電量増加を目指しており、将来は軽水炉型の原子力発電所や再生エネルギーによる発電所の開発も計画しているという。

 北朝鮮政府の説明の通り実績が挙がっているとすれば、同国経済は、今後、かなり目覚ましい発展を遂げる可能性がある。しかし、それでも、今後2年間で「経済強国」という目標を実現するのは非常に難しいと思われる。北朝鮮は国連安全保障理事会による経済制裁を受けており、今後、相当長期間にわたって外資や技術の導入だけでなく、貿易を正常な形で行うことも困難と見られるからである。

 グローバル化する世界において、孤立した状態で持続的な経済発展を実現するのは不可能である。このことを北朝鮮のリーダーは悟ってほしい。また、北朝鮮が孤立から脱するためには、中国だけでなく、6カ国協議の他のメンバーの真摯な協力が必要になる。日本人も、北朝鮮が孤立から脱出しない限り、北東アジアの平和を手中にできないことを自覚するべきである。

〈筆者注=北朝鮮の正式名称は「朝鮮民主主義人民共和国」。北朝鮮の人々は自国については必ず正式名称を使うが、この報告では便宜上、「北朝鮮」とした〉

(早房長治、11月12日記す)